モン・ブラン征服物語 la conquête du Mont-Blanc



それぞれの山にはそれぞれ登頂の歴史がある。特に初めてその頂が踏まれる時には劇的な挿話があるものだ。モン・ブランの初登攀もしかりである。
日本では山というのは参詣の対象であったり、信仰の場として修験者が練行したり、その雄姿が讃えられてきたのとは反対に、アルプスの山は人から恐れられ、悪魔や地獄に落ちた人の領域だと信じられてきた。雪崩や落石などによる惨禍が更に山に対する迷信を深めていった。今でもその名残は、モン・モウディ(呪いの山)やエギュイーユ・デュ・ディアブル(悪魔の針峰)などの山名に見て取れる。
そんな訳でシャモニに旅行者が来ることなどほとんど稀であったが、1741年イギリスのウィリアム・ウィンドハム卿とポコック司祭がジュネーブからシャモニに入り、これらの山々に魅了される。3年後、卿は「サヴォア・アルプス旅行記」を著し、この本がヨーロッパで流行、自然美への賞賛を引き起こす。そして次第に旅行者がモン・ブランの麓に押し寄せるようになったのだ。

特に2人のジュネーブ人がこの山域に魅了される。
一人は大聖堂の聖歌隊員であり、挿絵画家でもあったマルク・テオドール・ブーリで、後にブーリは多くの人をジュネーブからモンタンヴェールやメール・ドゥ・グラス(氷の海・大氷河)へと案内する。
もう一人がベネディクト・ドゥ・ソシュール。彼は科学者、植物学者、博物学者、物理学者であり、その高い標高からモン・ブランが科学実験に素晴らしい地であると考える。
1760年若干20歳であったソシュールは、モン・ブランに登った者に報償金を出すと告知した。初めのうちシャモニの人々は熱狂的にこの冒険を試みたが、登山道具、準備、ルートなど、全てが未熟であったために失敗を繰り返す。しかも当時人々は標高のあるところでは人は夜を越せず、生きては朝を迎えられないと信じていたため、夕暮れになると直ちに引き返してしまうのだった。モン・ブラン登頂には2日かかり、どうしたって1晩は山ですごさねばならない。こうしてソシュールの学術的計画に人々は興味を失って行った。20年が経っても、モン・ブランは稀に現れる求婚者を退けていった。

ジャック・バルマは偏屈者の水晶取りで、山中を一人で闊歩することに慣れていた。1786年6月9日、彼は登頂を試みるが仲間に4000m地点で見捨てられたため、やむなくビバークする。ビバークは凍えるもので、寒さのため一晩中足をたたき、手足を動かし続けた。が、翌朝彼は生きていた。こうして迷信を払拭したことで登頂への鍵を手にする。しかも一晩ビバークしたことで山頂に到達するルートを考える時間が充分にあった。こうなると後は協力者、特に無欲な、を見つけるだけになった。
バルマの娘ジュディットが病の床にある時に、彼は医師のミッシェル・ガブリエル・パカールに出会う。29歳で、トリノとパリで学業を終えたばかりであったこの医師も、ソシュール同様高所における科学的実験に興味を持っていたため登頂を何度か試みていた。
バルマに報償金を譲ることで二人は同意し、1786年8月7日に出発。アイゼン、ザイルもなく、わずかに金具が付いた杖と毛布、科学道具だけ携帯していた。その晩はビバーク、翌8日、彼らはとにかく突き進み、18時23分とうとう山頂に達する。満月の夜で、その晩は一気に昨晩のビバーク地点まで降りる。パカールは雪目になり、シャモニの町まではバルマがガイドした。
バルマは1787年7月5日に2回目の登頂、8月2日には26年間夢がかなうことを待ち続けたソシュールと登頂する。
ここにアルピニズムの歴史が始まり、バルマが最初の高山ガイドとなった。

さて山頂征服の経緯も劇的だが、人間模様もまた然り。2人の手柄、功績に嫉妬したブーリが、登頂者バルマとパカールを対立させる。ブーリはパカールが山頂には達していないと吹聴し、こうした悪意あるブーリによる噂によって、バルマが全権を握っていたガイドのように紹介された。パカールがいくら釈明しても無駄であった。パカールの登頂が真実であると分かったのはもっと後になってからである。
バルマはというと、下山後に登頂の日に娘のジュディットが亡くなったことを知る。ジュネーブへソシュールに会いに行き、報償金を受け取るものの、その帰り道に詐欺師に金を盗まれてしまう。残りの人生、山を駆け巡っていたが、金鉱を探している最中消息を絶ち、2度と見つかることはなかったという。

大自然を前にしての人間の限りない挑戦と格闘はいつも崇高で心を打つだけに、それに対して起こるこうした人間ドラマがよけいに虚しく思えるのは私だけでしょうか。


右バルマがソシュールに
モン・ブランを指差している
「ドクター・ソシュール、あれがモン・ブランです!」 離れてひっそり建つパカール像



 





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