トゥール・デュ・モン・ブラン Tour du Mont-Blanc (TMB)


5日目 5月21日 曇り時々雨・みぞれ
モッテ小屋 Refuge des Mottets 〜 シェクルイのコル Col Chécrouit


通過ポイントと標高 距離(km) 累計距離(km) 所要時間
モッテ小屋
Refuge des Mottets 1870m
- 40.8 -
セーニュのコル
Col de la Seigne 2516m
3.9 44.7 2時間35分
エリザベッタ小屋 2258m
Refuge Elsabetta Soldini
3.2 47.9 1時間40分
シェクルイのコル
Col Chécrouit 1956m
9.4 57.3 7時間20分
5日目歩行距離 16.5 57.3 -








今朝は5時45分起床、7時出発。いよいよ国境越えだ。天気は青空が見えるものの雲空。

このフランスとイタリアの国境となるセーニュのコルの「セーニュ」は「沼地のある草原」の意味のラテン語から来ているという。天気のいい日にはモン・ブラン、グラン・パラディゾ(イタリア)、マッターホルン(スイス)、モンテ・ローザ(イタリア)などが見渡せる場所なのだ。そしてこの谷を越えればイタリアのアオスタの谷に入る。

登り始めは雪も無く、大きくスイッチバックなジグザグで登っていく。標高2000mを少し越えたあたりから雪渓が出始め、2150mあたりからは完全に雪上を歩くことになる。昨日「ノヴァ」のマダムは雪は少ないって言ってたのに・・・プンプン!

コルに登る途中モッテ小屋を振り返る
雪渓が現れる
左手遠くに見えたロベール・ブラン小屋
ようやく傾斜が緩やかになる
もうじきコル、というときイタリア側から雲が張り出す

雪だとルートファインディングしないといけないので頻繁に地図を読む。
雪の深さは膝までもぐるくらい。標高差は640mほどなのでたいしたことはないのだが、やはり最後にはラッセルがきつくなってきた。
しかも天気は下り坂らしい。
ようやくコルに到達。が案の定モン・ブランはしっかり雲の中に隠れ見えない。がっかり。展望のない山歩きほどつまらないものはないなぁと思う。

アオスタの谷、スイス方面の眺め
かろうじて雲が半分かかったマッターホルンが見えた


このコルから次の通過点エリザベッタ・ソルディーニ小屋までは約250mの下り。しばらく雪の付いてない尾根づたいに下るので楽だ。2200m位まで降りたところからどうも湿地帯が始まっている。が、今はすべて雪の下だ。この湿地帯に着けば後は小屋までは平坦だ。が、ラッセルすることに変わりはないが。時たま「ピーピー」というマーモットの声が聞こえる。

こんな感じのところを降りていきます
ネス湖のネッシーではありません
穴から頭だけだしているマーモット、後ろは雪渓

山で亡くなった女性の名前がついたエリザベッタ・ソルディーニ小屋は、エステレット氷河の先端に建っている。地球温暖化でもし氷河が崩れ落ちたら飲み込まれてしまうだろう。それくらい氷河のすぐ下に位置している。
ここの水場は水が出ていなかった。ここで水補給できなかったのがこの後結構ひびいてくる。

中央右寄りに小屋が見える、そのすぐ上に氷河が迫る

今日はここまで夏のTMB標準タイムよりもかなり速いペースで歩いてきている。おそらく雪はありラッセルを強いられているものの、多分直登、直下しているせいだろう。順調に歩ければ今日中にイタリアの町、クールマイユールに着けるかもしれない。そしたら絶対ビールとピザとリゾットとジェラートを食べると心に決める。これらを食べるために頑張って歩くことを誓った。(やっぱり食べ物の牽引力は強いからね)

誓った途端、小屋下220mの標高差下りが急斜でため息が出る。ここを慎重に降りてようやく平らな道路に出る。この道の右側は山で、左側が更に下がって沼地が広がっている。ところがこの道は右側の山からの雪崩で道が何ヶ所か寸断されているので、そのたびにこの雪崩跡の雪山を越えなければならない。しかも左側に足を滑らせたら直ちに沼に落ちてしまう。いちいちアイゼンを着けたりはずしたりはできないから雪山を越えるときは1歩1歩慎重になる。1.5kmくらいの間に7〜8ヶ所はこうした雪崩跡があった。

エリザベッタ・ソルディーニ小屋方面を振り返る
このあたりは平らな道路
今越えた雪崩跡
こんな風に道が何ヶ所寸断されている、写真の右側が沼地帯

しかも留めの一撃が待っていた。道の正面にはコンバル湖が広がっており、道はどうやら右に曲がって湖のほとりに沿ってまたその先真っ直ぐ伸びているらしいが、雪崩によって湖の一部しか見えてない。先ずは雪崩跡の雪山を越えて、湖に落ちないように対岸の道にたどり着かなければならない。

対岸の道に到着
中央に横たわっているのが道と湖を隠した雪崩跡

ここの湿地帯は夏には数々の沼や湖がターコイズ色をして美しく、花が咲き乱れるという。がしかし、私が通ったときは人っ子一人いなく、灰色の空、暗〜い沼の姿、枯れ木などで、なんだか三途の川か冥府にでも迷い込んだかのようだった。
この湿地帯を抜けると橋がある。この橋を渡るとクールマイユールから伸びている道路の端に合流する。この橋を渡らず右の山道を取れば再び山に入り、シェクルイのコルを経由してクールマイユールに至る。
もう喉から足が出るほど橋を渡りこの道路を真っ直ぐ歩いて(多分8kmくらい)クールマイユールに行きたかった。が、ここでTMB道を諦めては今までの苦労が水の泡になると思い、再び登り始める。
しかし雪の下に隠されているのか、それとも始めから無いのか、イタリアはTMBの道標が無さすぎ!ここの橋の分れ道にも標示はなく、見当をつけて林の中を登り始める。10分ほどして森林限界を抜け、雪原に出た。
ちらっちらっと出し惜しみしてるかのように夏ルートの道が顔を出している。それを探しながら地図を読みながら登る。
お昼を食べるのを忘れていたので手っ取り早く食べる。13時。

相変わらず雪は多い
モン・ブランは雲の中
これで展望でもあれば励みになるのに・・・

昼を食べ終わった途端、雨が降り出してきた。ここから更に2370mまで約300m登らなければならない。2300mまで来たときみぞれになった。それほど気温は下がってないと思うが上空は寒気があるのだろうか。幸い1時間ほどで止んでくれた。いよいよ2370mに到達した時、愕然となった。
下の写真のように青の夏ルートでトラバースするには危険すぎるし、距離もある。特にB地点は状態が分からないし、もし滑落したら100m近くはあるかもしれない。
仕方なく距離的にはかなりロスだがA地点まで降りて、トラバース、再び登って青の夏ルートと合流することにした。
A地点まで降りるのにも雪が深く大変だった。このトラバースルートは3km弱ある。

イタリア側も結構雪が残ってた

この写真の左にトラバースは更に続き、そちらも雪は多かった。しばらく行くと、とてもトラバースできない幅30mほどの場所に出た。道が向こう側にちょこっと顔をだしているのだが、なんせこの30mの斜面は急過ぎる。下は谷まで切り落ちている。私は困難は好きだけど危険は嫌いだ。
下に降りてトラバースはできないので、真上に70mほど登ってみる。さっき横切らなくてよかった。上から見るとこの30m幅の半分は雪が2層になっており、今にも雪崩になりそう。もう半分はすでに雪崩が起こっていた。雪崩部分は2層部分よりも低かったため、見えなかったのだ。何より2層部分に足を踏み入れていたら表層雪崩を誘発しただろう。
雪崩の跡を歩けば、もしまた雪崩になったとしてもそれほど流されないので、30cmから50cmほどある雪の玉の間をぬって下り、対岸の道に合流した。

一旦登って雪崩跡を下る(赤線) 雪崩跡、ここを降りてきた
写真右上にちょっと2層になってる部分が見える

しかも水が底を尽いてしまった。さっきのエリザベッタ小屋で補給できなかったからなぁ。もうここまでくると、私を歩かせているのはピザとリゾットとジェラートの幻影だけのように思える。
この後もひたすら雪とルートファインディングとの格闘。陽はないものの、雪はグサグサになってきて靴の中は沼地状態。しかもスキー場地帯に入ったとたん、下が草地のせいか雪が深くなり、腿までもぐる。後でわかったが、地図にはまだ載ってなかった新しいスキーリフトのせいで道が分からなくなる。コンパスと標高を頼りにすすむ。もう下半身濡れ鼠になりながらとにかく進む。すでに時間は7時近くになろうとしている。遠くに小屋が見えた。シェクルイのコルの小屋だ!
ようやく着くんだ。小屋に近づくにつれ雪がなくなり草地になってくる。自然と斜面を駆け下りてた。

シェクルイのコルだ!

ここに水場があったので救われた。先ず思いっきり水を飲んだ。そして濡れた靴下を取り替えた。が登山靴も相当濡れたので足を入れられない。しかたなく靴下のままベンチに座りお湯を沸かす。風が強く寒い。
もう既に7時半で、今から急いで2時間50分の道のりをクールマイユールに駆け下りたとしても、ピザ屋は閉まってるかもしれない。そうなると街中でビバークはできないから、しかたなく私の動力源だったピザとリゾットとジェラートを諦め、ここで寝ることにする。
今日は1日中ラッセルだった。でもその割にはよく歩けたと思う。
8時夕食、9時半就寝。



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